大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和54年(ワ)9075号 判決

原告

近江陸運株式会社

右代表者

川幡善四郎

原告

株式会社坂口運送

右代表者

坂口幹一郎

右両名訴訟代理人

野玉三郎

被告

市丸一郎

右訴訟代理人

池谷利雄

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  訴外日新産業株式会社が、訴外横浜ゴム株式会社に対して有するタイヤテスト料債権のうち金三、三三七、九五〇円を昭和五三年九月一四日に被告へ譲渡した旨の行為は、これを取消す。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告近江陸運株式会社(以下「原告近江陸運」という)は、訴外日新産業株式会社(以下「日新産業」という。)が原告近江陸運にあてて振出した別紙手形目録一ないし六記載の約束手形六通(手形金額合計八、七四三、〇〇円)を所持している。

2  原告株式会社坂口運送(以下「原告坂口運送」という)は、日新産業が原告坂口運送にあてて振出した別紙手形目録七ないし一二記載の約束手形六通(手形金額合計九、一五九、〇〇〇円)を所持している。

3  日新産業は、訴外横浜ゴム株式会社(以下「横浜ゴム」という。)に対して、金七、八八九、三五九円のタイヤテスト料債権を有していた。

4(一)  日新産業は、昭和五三年九月一四日、被告に対し、右タイヤテスト料債権のうち五、六六六、一四五円を譲渡した(以下「本件債権譲渡」という。)。

(二)  日新産業は、昭和五三年一一月六日、被告との間で右譲渡債権のうち二、三二八、一九五円の債権譲渡を解除する旨合意した。

5  本件債権譲渡当時、日新産業は、以下のとおり債務超過の状態にあり、本件債権譲渡は、日新産業が債権者を害することを知つてなした詐害行為である。

(一) 日新産業は、昭和五三年八月初旬経営不振に陥り、原告らが所持していた同月五日満期の約束手形(原告近江陸運所持の手形金額一、六六八、〇〇〇円、原告坂口運送所持の手形金額一、七〇六、〇〇〇円)の決済もできなかつた。原告らは、日新産業の手形書替の要請に応じ、倒産回避のため、手形の満期を同年一〇月五日まで延期した。

(二) 日新産業は、昭和五三年九月五日、手形を不渡にして倒産した。

(三) 原告らは、昭和五三年九月一四日、横浜地方裁判所小田原支部に対し、前記タイヤテスト料債権の仮差押命令を申請し同日、仮差押決定を得た。右決定正本は、同月一六日、横浜ゴムに送達された。

(四) ところが、日新産業は、昭和五三年九月一四日、被告と共謀して、他の債権者を害する意思をもつて、本件債権譲渡をなした。

6  よつて、原告らは、債権者取消権に基づき、本件債権譲渡のうち金三、三三七、九五〇円について取消を求める。

二  請求原因に対する認定及び主張

1  請求原因1の事実は不知。

2  同2の事実は不知。

3  同3は認める。

4  同4(一)及び(二)の事実は認める。

5  同5の事実は否認する(ただし、同5(二)の事実は認める。)。

6  本件債権譲渡の経緯は、以下に述べるとおり、日新産業が労働者に当然支払わなければならない未払賃金及び解雇予告手当の支払に充てるため、本件債権譲渡が行われたのであつて、日新産業と被告とが通謀して他の債権者を害する意思をもつて本件債権譲渡をしたものではない。

(一) 日新産業が倒産したため被告を含めた日新産業の労働者一九名と日新産業との間で、昭和五三年九月一四日、次のような合意確認がなされた。

(1) 日新産業は、昭和五三年九月七日をもつて労働者全員を解雇し、労働者はこれを承諾する。

(2) 労働者に対する未払給与は、昭和五三年八月一六日から同年九月七日までの二三日間分であり、合計額は二、三二八、一九五円であることを双方確認する。

(3) 日新産業が労働者に支払うべき解雇予告手当は、合計三、三三七、九五〇円であることを双方確認する。

(4) 日新産業は、未払給与及び予告手当支払のため、横浜ゴムに対するタイヤテスト料債権のうち五、六六六、一四五円を被告に譲渡する。被告は、右債権を取立てて労働者に分配支給する。

(二) 被告は、昭和五三年一一月六日、日新産業との間で、右譲渡債権のうち二、三二八、一九五円について解除する旨合意した。

第三  証拠〈省略〉

理由

〈前略〉

五そこで、本件債権譲渡が詐害行為に該当するか否かについて、検討する。

前記一ないし四で認定した事実に、〈証拠〉によれば、次の事実が認められる。

1  原告らは、数年前から、日新産業より貨物運送を請負い、運送賃の支払のため、毎月、満期を約四か月後とする手形を受け取つていた。

2  日新産業は、原告らが所持する昭和五三年八月五日満期の手形(原告近江陸運所持の手形の額面一、六六八、〇〇〇円、原告坂口運送所持の手形の額面一、七〇六、〇〇〇円)を決済することが困難であつたため、原告らに対し、手形の書替を申し入れた。

3  原告らは、日新産業及び同社代表取締役三浦信雄所有の不動産に抵当権を設定することと引き換えに、満期を昭和五三年一〇月五日とする手形の書替に応じた。

4  その結果、日新産業所有の建物一棟と三浦信雄所有の土地五筆について、原告近江陸運は、極度額八七四万三〇〇〇円の根抵当権を取得し、原告坂口運送は、極度額九一五万九〇〇〇円の根抵当権を取得し、それぞれその旨の根抵当権設定登記を経由している。

(なお、右不動産については、その後、競売が開始されているが、原告らの債権に対しても、配当が見込まれている。)

5  日新産業は、昭和五三年九月五日に第一回の手形不渡をだし、同月八日ごろ第二回目の手形不渡をだした。

6  日新産業は、昭和五三年九月当時、一千四、五百万円の債権と七〇〇〇万円位の債務(ただし、金融機関に対する債務を除く。)とを有し、債務超過の状態にあつたが、事務所兼修理工場と事務所兼作業所としてそれぞれ使用していた二棟の建物以外にこれといつた資産はなかつた。

7  日新産業が倒産した昭和五三年九月七、八日ごろから、三浦信雄と被告を含む日新産業従業員らとの間において、従業員の身分問題や給料問題が話し合われた。

8  三浦信雄は、給料は優先的に支払うべきものと考え、従業員に対する給料の支払を確保しようと、労働基準監督署へ相談に行くなどした。

9  昭和五三年九月一四日になつて、寺上泰照弁護士立会のもと、日新産業と被告を含む日新産業従業員との間において、次のような合意が成立した。

(一)  日新産業は昭和五三年九月七日をもつて従業員を解雇し、従業員はこれを承諾する。

(二)  日新産業は、従業員に対し、昭和五三年八月一六日から同年九月七日までの二三日間分の未払給与(総額二、三二八、一九五円)が存在することを確認する。

(三)  日新産業は、従業員に対し、解雇予告手当として、昭和五三年五月一六日から同年八月一五日までの間の平均給与日額の三〇日分(総額三、三三七、九五〇円)を支払う。

(四)  日新産業は、右未払給与及び解雇予告手当を支払うため、日新産業が横浜ゴムに対して有する債権のうち五、六六六、一四五円を、被告に譲渡し、これを取り立てて従業員に分配支給する。

10  日新産業代理人寺上泰照らは、昭和五三年九月一四日付確定日附ある証書をもつて、横浜ゴムに対し、被告に債権を譲渡した旨通知し、右証書は、同月一五日に到達した。

11  原告らは、日新産業に対する手形債権を保全するため、昭和五三年九月一四日、横浜地方裁判所小田原支部に対し、日新産業が横浜ゴムに対して有する債権の仮差押命令を申請し、同日、仮差押決定を得た。仮差押決定は、同月一六日、横浜ゴムに到達した。

右認定の本件債権譲渡が行われた経緯、特に本件債権譲渡は、民法三〇六条二号で一般の先取特権が認められ、労働基準法一一九条の二、二四条により支払が罰則で強制されている給料と、同法一一九条、二〇条で同じく支払が罰則で強制されている解雇予告手当(解雇予告手当も民法三〇六条二号所定の給料に該当すると解される。)との支払に充てる目的をもつて行われたと認めることに照せば、前記認定のような日新産業の資力及び原告らの仮差押命令申請の経緯(日新産業及び被告らが、仮差押命令申請の事実を知つて、前記9認定の合意をなしたと認めるに足る証拠はない。)が存在していても、本件債権譲渡が詐害行為に該当するとまで認めることはできず、他に本件債権譲渡の詐害性を首肯するに足る証拠はない。

六してみると、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(小林正明)

手形目録〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例